た。だから、品物を買っておくれといった。
そのすこしさきの町角に杯口屋《ちょこや》のおくんちゃんの家がある。お国《くん》ちゃんはあたしとおみき徳久利《どっくり》のように、長唄のおつきあい浚《ざら》いにお師匠さんに連れてかれた少女《ひと》だから、そのうちに書かなければならない。
学校の一軒さきに大きな人力車宿《くるまやど》があって、お勘《かん》ちゃんという、色は黒いが痩《やせ》がたなキリリとした、きかない気の、少女《こむすめ》でも大人のように気のきいた、あたしのために、あたしの家へよく忘れものや、言伝《ことづけ》を言いにいってくれた娘があったが、後に吉原で奴太夫《やっこたゆう》という名でつとめに出ているときかされたことがある。その手前に表通りの砂糖問屋の磨きあげた、黒塗りの窓のある住居蔵があって、お糸さんという豊かに丸っこい娘さんの琴の音がよく聞えていたが、隣りに、とてもみじめな乏《まず》しい母子《おやこ》二人の荒物屋があって、小娘のおとめさんもお婆さん見たいにうつむいて、始終ふるえているように見えた人だった。
その斜向《すじむこ》うに花屋があった。剥身《むきみ》のように幅の広がった顔と体の妹と姉とがいた。二人がいるうちは花屋の店もよけい賑《にぎや》かに見えたが、馬喰町《ばくろちょう》の郡代《ぐんだい》の矢場女《やばおんな》になってしまった。
底本:「旧聞日本橋」岩波文庫、岩波書店
1983(昭和58)年8月16日第1刷発行
2000(平成12)年8月17日第6刷発行
底本の親本:「旧聞日本橋」岡倉書房
1935(昭和10)年刊行
入力:門田裕志
校正:小林繁雄
2003年4月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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