つてゐるのを、運轉手が顏を出して見てゐるので、洋服は默つて行つてしまつた。暫くたつと、
 ――何がなんだと。
 と、威張つて來《く》る亭主がある。道のまんなかを、刺青《ほりもの》のある大肌ぬぎで、浴衣の兩裾を抓み廣げて、日和下駄をカラカラ響かせてゐるが、逆らはずに連れて歸る、アツパツパの丸髷の、がつしりした女房の方が、默つてゐて押のきく態度だ。
 丁字路の、―の方から曲つてくる黒い姿がある。三個で、ひよろひよろ、よろよろと、洋服の野呂松人形のやうだ。××が光つてゐる。互に小楊枝をせせつて、小脇に土産折の新聞包を抱へてゐる。一人が何かいはうとしては、キユツといふだけなのに、あとの二人は、しきりに、こつくりこつくりと頷きつづけてゆく――

     明るい室で

 そこまでは去年の夏の話だが、今年もおなじ時節がめぐつて來た。あの二階で病んでゐた三上於菟吉も、恢復期を我家で靜かに養つてゐて、氣づかつたこの暑熱にも中々強い。私の方が氣が遠くなるやうに暑がり、眠がつてゐる。
 そこへ、春子|畫孃《ぐわぢやう》が來た――註に曰く、畫伯《ぐわはく》では男のやうになるし、畫婆《ぐわば》ではあんまり可哀
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