私は、大型のマンホールを横つ腹にひかへてゐる二階で、階下《した》の室《へや》まで、自動車が飛込んで來《き》さうなのを、病人のために、地震よりもびくびくした。しかも、この、二間半もすべりつこをしてゐる丁字路の角は、袋小路自動車の引つかへし點なのだ。
 キーツと止ると、パタンと扉を押す音、自動車の客席は、白い強い明りに、パツと切ツ削《そ》いだやうに一部面を見せる。大概、夜更けての客は、若く、逞しく、そして白い顏が傍《かたは》らにある。
 しかし、深夜の聲は、さうベラベラと話しつづけてゆきはしない。聲といひはするものの、私の耳にするのはほんの一言か半言、しかも素通りをしてゆくだけなのだが、わすれちやいやよ氏同樣、中々味な印象を殘してゆくものだ。
 ――あの女を引つ張り拔かれちやつたら、呼びものはねえや。
 これは、若い、パナマ風《ふう》の帽子だが、洋服に似つかはない、教養のない聲、おそろしく大股に歩くのを、浴衣がけの無帽が、こちよこちよ走りつきながら何かいつた。
 ――だからよ。と、洋服は上衣を脱いで、肩にかけると、そこへまた、圓タクがガタリと止つた。四人下りた若者が頭を集めて、小錢を出しあ
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