在なく起きてゐる二階は、細い、長い袋小路《ふくろこうぢ》の中ごろで、丁字路の一方の角《かど》の家なのだが、袋町《ふくろまち》といふ名の通り、この角で行止りに見えるほど、行儀わるくくひちがひになつてゐる。その出つぱつた角の、小はづかしいほどあからさまな家なのだ。
小ブルヂヨア町なのに、その、くひちがひの一角だけが謙遜な平家建ばかりで、斜向ひの角家は、表側に引窓をもつやうな舊式な長屋だ。それを見くだすやうに、こんくりーとの石段を入口に三段ばかりもつて、何處もかもガラス戸で、安普請のくせに傲然と他の二角を見下してゐる、現代式の貸家だつた。
夜の看護《みとり》にあたる私は、明けやすい夜を、ただ、まじまじとして幾日か過ぎてゐた。カーテンの透《す》きから、時折外氣を求めはしたが、露じめりもない乾ききつた夜ばかりつづいてゐたのだつた。
――何時の間にか、雨はあがつた。青い光が硝子戸ごしにカーテンに明暗する。濕氣が病人にあたらない方の小窓へいつて見ると、一氣に夏が押流されてしまつたやうな高い空に、眞新しい月が出てゐて、月の面前を、薄墨雲が、荒々しいほどドンドン走りすぎてゆくのだ。
もうやがて、
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