一體どれくらゐなのなの。
 ――一間以上、もしかするともつと大きなのかも知れない。なめし[#「なめし」に傍点]賃が高くなければ、何かにこしらへて、分配《わけ》ても好いとはいつてゐたけれど。
 と、いふと、分けるより一匹の方が好いと思つたのか、
 ――でも、いいや、皮なら。
 と春子|畫孃《ぐわぢやう》わに皮一枚をものしようと思つてゐる。
 ――皮ぢやないよ、本ものの剥製だから、ちよいとグロテスクで、預けるのにもてあましてるのだから、春ちやんとこの二階の畫室へ吊しておけばつて、いつてあげたの。あなたなら氣味わるがらないだらうし、繪にも描くだらうからと思つて。
 あははは、あははは、と彼女の甲高い笑ひはとまらない。笑ひ笑ひいふには、
 ――早速新聞から寫眞をとりに來て、春子さん、鰐を兩脇に抱へてください。もつとわににあなたの顏をおつつけて、つてなことになるなア。
 あははは、あははは、とそこにゐるものたちは、みんな笑つてしまつた。
 まさに、春子|畫孃《ぐわぢやう》、その夜は、腕を現して、チヤンチヤンコを一着におよんだやうな輕い洋裝で、南洋風俗をおもはせないでもない。前日、南洋を根城とする小説家|安藤盛《あんどうさかん》酋長から、桔梗色の海と、青い島と、孔雀がそこら中を飛び※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つてゐるのと、五色の虹の空のことを聽いたばかりだつたので、
 ――ニユージーランドではね、女もまるはだかの島があるのだつて、おふんどしは、女も木の葉だつて。
 ――は、これはまた、とんだ事をいひだした。
 さうはいふが、畫孃《ぐわぢやう》も、聽いてゐる三上も、さういふ話は別の意味で好んでするのだ。
 ――でね、女が裸で、トカゲや蛇を生で食べてるのだつてさ。文明國の女は、生膽《いきぎも》は食はないが、心臟《こゝろ》を食ふとはいへるけれどね。
 ――壯快だなあ、なあに、鯉の生作《いけづく》りだつて、仕事がキレイなだけだもの、太古《たいこ》は鰻だつて生で横つかじりにしたかもしれやしない。考へてごらんなさい、牡蠣だつて章魚だつて、誰もいふが、食《た》べだした奴は豪傑です。
 ――火食鳥の卵が好きだつてさ。
 ――今に、南洋産火食鳥の卵の新鮮なのがありますと、銀座あたりで賣出すかも知れない。
 その、まるはだか美人が來て宣傳するかも知れないが、まるはだかでなければ意味ないからなぞと、話はみんなが口を出して混線した。
 處女は鉢卷をしてゐるのが印《しる》しで、白い貝が額のところにつけてあるので、強い日光にキラキラとして眼に立つといふことだがと、私は聞いたままを續けた。
 ――美人は、縮れつ毛で、凄いやうに髮の毛がおつたつてるんだつて。
 ――あははは、パーマネントを逆立てるのがはやつたら大變だ。みんな不動さまスタイルになつちやふ。
 ――パプーアつて、チヂレツ髮つていつてるんだつて、其島でも。
 そこで私は、毛の薄い、昔の軍學者のやうな、春子|畫孃《ぐわぢやう》の耳きはのパーマネントを見ながら、鰐のことにかへつた。
 ――そこの土人でさへ、鰐は厭がるんだつて。拍手《かしわで》を打つてをがんで、退《ど》いてもらつてから、水へおりるんだつて。そんな氣味の惡い顏、見ててくれる?
[#地から2字上げ](「東京日日新聞」昭和十二年八月十一日)



底本:「桃」中央公論社
   1939(昭和14)年2月10日発行
初出:「東京日日新聞」
   1937(昭和12)年8月11日
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2009年1月17日作成
青空文庫作成ファイル:
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