だって案内もなしで、いきなり上りこんでくるなんて我慢が出来ない。」
彼女は先妻の幸子が、いつもの癖で、ずかずか上り込んで来て、例《いつも》のくせで、朝、起きはぐれているところを、荒い足音で、わざと目をさまさせられたのを憤《いきどお》った。
中学教師をしていた時代の泡鳴と、女学校教師だった幸子とは、泡鳴が樺太《からふと》へ蟹の事業をはじめる前に別れたのだが、清子は友人同棲をはじめてからも、幸子に同情して、泡鳴に復帰するようにさえ勧めたこともある。米や炭を送って、幸子の生活をたすけもした。それなのに、何時《いつ》も来ると、自分が退《の》いてやっているのだぞといわないばかりの仕打ちに、清子は腹を立てた。
だが、そんな不愉快な日ばかりもなかったのは、若葉の道を蛇《じゃ》の目《め》傘《がさ》をさしかけて、連れ立って入湯《おゆ》にゆくような、気楽さも楽しんでいる。
――主人《あるじ》の体量、万年湯ではかったら、十四貫三百五十|目《め》あったといって、よろこんでいらっしゃったと、日記につけたりしている。
暑い晩に、泡鳴は半裸体で原稿を書き、彼女は傍《かたわら》でルビを振っている。と、青蛙《
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