男は、もう、すっかり醒《さ》めてしまっているのに、
「あなたは、泡鳴氏と、もう結婚したのですか。」
と、この同棲の新居へ訪《たず》ねて来て言った。
「どうとも、あなたの御想像にまかせます。」
と答えただけで、並んで月を見た。泡鳴もそれを見ていた。あとで嫌味《いやみ》をいったが、十月の冬の月は、皎々《しろじろ》と冴《さ》え渡っていた。
お互の胸は、月と我々との距離だけの隔りを持っていると、その時はっきりそう思った。その男への執着でなく、霊の恋の記念のものだけが焼きすてかねて、再び見まい、手にも触れまいと、一包にくくって、行李《こうり》の底に押籠《おしこ》んでしまった。
――だから、言って見れば、泡鳴に、霊の恋が芽生《めば》えさえすれば好《い》いのだ――
けれど、それは、半獣主義を標榜する人に無理はわかっている。といって、それがそうならないからこそ、もろともに悩み呻吟《うめ》くのではないか――
彼女は、窓の外の、軒端《のきば》で笑っているような、雀《すずめ》の朝の声をきくまいとした。蒲団《ふとん》をひきかぶるようにして、外は、霜柱が鋭いことであろうと思った。なにもかもが、きびしすぎ
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