い。
 そこへ忽然《こつぜん》と現われたのが、半獣主義を標榜《ひょうぼう》する泡鳴だったのだ。
 明治四十二年十二月に、泡鳴は、突然面識もない彼女に、逢いに行って、二時間ばかりの間、率直に自分の半生の経歴を、告白的にあからさまに語りきかせた。清子はそのおりのことを日記では、泡鳴氏の素行には同感できなかったが、恬淡《てんたん》な性質には敬意を持つことが出来たと書いている。
 その日はそれで帰ったが、五日ほどたつと、泡鳴は二度目の訪問をした。その日は清子の父親が来あわせていたので、
「明日《あした》、も一度会見したい。実は、重大な御相談があるのだが。」
と言って帰っていった。翌日は、ちゃんとやって来て、こんどは家庭の事情を告白した。
 ――妻とは名義だけであって、物質の補助をしてやるだけだから――
「三年以上も絶縁しているのだが、妻の同意がないので、正式の離婚が出来ないでいるだけだ。」
 だから、気にかけないで清子に同棲《どうせい》してほしい、同時に結婚もしてくれと申込んだ。
 午後二時ごろ、お昼飯《ひるはん》をたべに、麻布《あざぶ》の竜土軒《りゅうどけん》へ行き、清子は井目《せいもく》を
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