たのだ。いたずらに増《ふ》えた髪の霜《しも》でもなく、欠伸《あくび》をしてつくった小皺《こじわ》でもない。
 ――その間に、こんなにも、こんなにも、女人《おんな》の出る道は進展した――
 前の夜《よ》、あまり生々《いきいき》したグループのなかで、何時《いつ》までもいつまでも話しこんでいたあたしは、あんまり異《ちが》った仲間のなかにいて、たしかに戸まどいもしているのだった。年月などというものを、さほどに意識しない日頃であって、何時《いつ》も若い友達と一緒になっていられる幸福のために、かえって、死《しに》もの狂いであった誰彼《たれかれ》なしの過去に、ひたと、面《おもて》をこすりつけられたような思いだった。
 表面《おもて》に、溌剌《はつらつ》と見えるからといって、青春者《わかいひとたち》が、やはり世の中へたつのは、多少とも死もの狂いであるのと同様、先覚者《さきのひとたち》も決して休止状態でいるのではない。おなじ時代を歩んでいるのではあるが、まあ、なんと、今日《いま》から見れば、そんな些事《こと》を――といわれるほどの、何もかもの試練にさらされて来た人たちだろう――
 私は、神近市子《かみちかいちこ》さんの横顔を眺め、舞踊家林きん子になった、日向《ひなた》さんに、この人だけは面影《おもかげ》のかわらない美しい丸髷《まるまげ》を見た。
「清《きよ》も、よろこんでおりましょう。」
と、もとの座についた、白髪の老人は、重い口調で挨拶《あいさつ》をしていられる。
 それをきくと、周囲の人がわやわやとして、
「長い間、お心が解けなかったそうですが、いま、お兄さんがそう仰しゃったので、これで、仏さまとの仲も、解けて――」
と、いうような意味の言葉を、一言《ひとこと》ずつ、綴《つづ》るように言った。とはいえ、解けあわぬ兄妹《きょうだい》でも、遺骨は墓地に納めさせてくれてあったのを、その人々も知っている。墓を建てたのを、差出たことをしたと思われないようにとも、友達たちは老人をいたわるようにいった。
「どういたしまして、よく、あれの心を知ってやってくださる、あなた方《がた》に、こうして頂いた事は、よい友達をもった、彼女《あれ》の名誉で――」
と、兄という人は思慮深くいうのだった。
「あなた方は、彼女《あれ》のことばかりお聞きなさってでしょうが――」
と、老人は、感慨を籠《こ》めて、わたくし
前へ 次へ
全19ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング