家という古い看板の芸妓家へとゆくことが出来るようになっていた。妾宅のあるじは若松家の初代小糸といった女《ひと》で、お丸さんという名であった。その時分若松屋には三代目の小糸という雛妓《おしゃく》も、お丸という二代目も出ていた。――(そのお丸さんはいま、稀音屋《きねや》六四郎の細君になっている)妾宅の方のお丸さんは、すらりとした人で、黒ちりめんの羽織のよく似合う、そんな日でも、別にめかしてもいなかったが、人好きのする美人で、足尾《あしお》の古河市兵衛氏の囲いものだった。その二階に招《よ》ばれて、わたしは綺麗な女たちを面《おも》うつりするほど多く眺めた。
 その行列の、美しい御殿女中のなかに、照近江のお鯉も交っていたのか、ほどなく、わたしは一枚の彩色麗しい姿絵を手にした。桜のもとに短冊をもっている高島田の、総縫の振袖に竪矢《たてや》の字、鼈甲《べっこう》の花笄《はなこうがい》も艶ならば、平打《ひらうち》の差しかたも、はこせこの胸のふくらみも、緋《ひ》ぢりめんの襦袢《じゅばん》の袖のこぼれも、惚々《ほれぼれ》とする姿で、立っているのだった。
 それ以来、わたしの心のおぼえ帳には、美しき女お鯉の
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