たの。あれを手離した時のさびしさといったら……」
暗然と、聞くものの胸にもにじむものがある。
「男の子は安藤の家督にしてあるのですけれど、その子の母に連合《つれあい》があって、生みの母の縁から深く附合《つきあ》うようになったところ、なにしろその子の義父《ちち》だというので、何かと家の事へも手を出したがるし口も出すのです。それやこれやの迷惑は一通りじゃなかったので、種々《いろいろ》と世間からもあたしが誤解されたり、大井の広い家も売ってしまうようになって、そのかわりに、家ごとその子も先方へ持っていったのです」
「五万円のうち一万二千円ずつ三人の子につけて渡したのですからあまったのは幾らもありはしません。それで桂さんの死後、ざっと十年たらず今日まで過して来たのですね。もう今は残っていません、何にもなくなったから商業《しょうばい》をはじめたのですね、ねえ、姉さん」
「母もなくなりますし、残っていた養母も去年なくなりました。木からおちた柿のように、ほんとの一人ぼっち――けれど此妹《これ》がいてくれたので……」
暫時《しばし》、三人は黙した。ケンチャンが白いものを着て、髪の毛にも櫛《くし》の歯
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