ける腕はないと信じて現われた。
 喜楽の女将の一喝《いっかつ》にあえば、多くの芸妓は縮みあがってしまう勢いがあった。流行妓《はやりっこ》になるのも、よい姐《ねえ》さんになるのも、お披露目《ひろめ》に出た時、女将の目にとまって、具合よく引っぱり廻され、運の綱を握るようにしむけてくれるからである。で、たいていな妓は、喜楽の女将の言うことに逆らわなかった。けれども、そのおりのお鯉は、とてもそうした威《おど》しでは駄目だと炯眼《けいがん》な女将は見てとった。
 ある日女将は輪袈裟《わげさ》をかけ、手に数珠《じゅず》をかけて訪《たず》ねて来た。切髪となっていたお鯉は、越前永平寺禅師となって、つい先の日|遷化《せんげ》された日置黙仙《へきもくせん》師について受戒し参禅していたが、女将もその悟道の友であった。ものものしくも、いしくも思いついた姿でやって来た女将は、
「今日は平日《ふだん》のあたしじゃあない。この姿を見て下さい。この袈裟の手前としても、いざこざなしに話をしましょう」
といった。それに答えたお鯉は、
「本当に女将さんよくその姿で来て下さった。それならば、あたしは貴女を、真に打解けてよい人
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