た。お鯉という女の真意は、かくのごとく清く滞らないものであるということを語るには、ありのままを記《しる》そう。
 この女《ひと》も意気の女だった。何もかも振りおとして、重荷をはらってしまおうと思うと、慾も徳も考えない気短な、煩《うる》さがりやの、金銭に恬淡《てんたん》な感情家なのだった。わたしは、自分にも、共通の弱点のあることを考えてほほえんだ。痛快にも思った。
 人はあるいはいうかも知れない。些細《ささい》な感情などに動かされて、利害を忘れ、長き後《のち》の悔《くい》を残すと――けれど、もしそういう人があったならば、わたしは誇らしく面《おもて》をあげていうであろう。冷徹な理性の人にも失敗はある。感情に激しやすくっても失敗はある。いずれが是《ぜ》、いずれが非《ひ》と誰れが定められよう。感情の複雑な人ほど、美人は人間的の美をますと――
 彼女は白い手に銀の小刀をとった。赤い柿《かき》の皮が細く綺麗につながってゆく。エメラルドは指に碧《あお》く、思出は彼女の頭の中をくるくると赤く、まざまざと巻返えされていると見える。彼女の眼の色は早春の朝のように澄んで冷たく、初夏の宵《よい》の、明星のよう
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