星のような瞳《ひとみ》が輝き、懐《なつか》しいまたたきを見せる。唇《くちびる》と、眼とに、無限の愛敬《あいきょう》を湛《たた》えて、黒いろ絽《ろ》の、無地の夏コートを着て、ゆかしい印象を残してその女は去った。
「ほんとにあの女《ひと》は、良《い》い人間すぎてね」
それは誰れやらの老女の歎息であった。
一世お鯉――それは桂《かつら》さんのお鯉さんと呼ばれた。二世お鯉――それも姐《ねえ》さんの果報に負けず西園寺《さいおんじ》さんのお鯉さんと呼ばれた。照近江《てるおうみ》のお鯉という名は、時の宰相の寵姫《おもいもの》となる芽出度《めでた》き、出世登竜門の護符《ごふう》のようにあがめられた。登り鯉とか、出世の滝登りとか、勢いのいいためしに引く名ではあるが、二代|揃《そろ》っての晴れ業《わざ》は、新橋に名妓は多くとも、かつてなき目覚《めざま》しいこととされた。
照近江のお鯉――あの、華やかに、明るく、物思いもなげな美しかった女が、あの切髪姿の、しおらしい女人《ひと》かと思いめぐらすときに、あまりに違った有様に、もしや違った人の頁《ページ》を繰って見たのではないかという審《いぶか》しみさ
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