を着て佇《たたず》んだ、白粉気《おしろいけ》のない寂しげな女。
「ほんとに姉さんつまらないや、そんなことをしたって」
 主人はそういって、今までのつづきであったらしい会話のきりをつけた。
 切髪の女は、なよやかに、しかも悩ましいほほえみを洩《もら》した。すなおな、黒々とした髪を、なだらかな、なまめかしい風もなく髻《もとどり》を堅く結んで切下げにしていた。年頃は三十を半《なか》ばほどとは考えさせるが、つくろわねど、この美貌《きりょう》ゆえ若くも見えるのかも知れない。といって、その実は老《ふけ》させて見せているかも知れない。ほんのりと、庭の燈籠《とうろう》と、室内にもわざと遠くにばかり灯《ひとも》させたのが、憎い風情であった。
「お鯉《こい》さんです」
 そうであろうとは思っていたが――
 切髪の女は小さい白扇《はくせん》をしずかに畳んで胸に差した――地味《じみ》な色合――帯も水色をふくんだ鼠色で、しょいあげの色彩も目立たない。白い扇の、帯にかくれたさきだけが、左の乳首の下あたりに秋の蝶のとまったようにぴったりと……
 黒い夜空ににおいそめた明星のように、チラリチラリと、眼をあげるたびに、
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