こはるびより》の日を背中にうけた、ほっこりした気分で、耳の穴を、観世縒《かんぜより》でいじりながら、猫のようにブルブルと軽く身顫《みぶる》いをした。人気俳優の家庭を知っていることに聴手《ききて》が興味をもつであろうと思って、そのくせ自分はキョトンとして居睡《いねむ》りの出そうな長閑《のどか》な顔をしていた。
すると、太棹《ふとざお》の張代えを持って来て見せていた、箱屋とも、男衆とも、三味線屋ともつかない唐桟仕立《とうざんじたて》の、声のしゃがれた五十あまりの男がその相手になって、
「なにしろかまわずお金も借りたというじゃありませんか」
といって、サワリを一生懸命に直していた。
「そりゃあまあ、本当だか嘘だか知らないがね」
「いいえ、旦那の知らない借金が、いつの間にか増えているんだそうですよ。あのずぼら[#「ずぼら」に傍点]やさんが吃驚《びっくり》なんだから、輪をかけた呑気《のんき》な女だったと見えますね」
「これを着ておいでっていうと、紋付だろうがなんだろうが、其処にあるのを手あたりまかせだったというからね」
「お気に入ると儲《もう》かったのだがね」
しゃがれた声はカラカラと高く笑
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