の角にあるカフェーの横の扉《とびら》に、半身を見せて佇《たたず》んでいる給仕女《ウェートレス》があったので、ためらわずに近寄ってきくと、その娘は気軽くて優しかった。こちらからゆけば資生堂の一、二軒手前で、交番のじき後になっていることを、すこし笑いながら言って指差して知らせてくれた。わたしも微笑《ほほえ》ましくなった。若い娘さんに若い巡査さん、どっちも良い人で、好意をもってくれたことを感じた。娘さんにお礼をいって、笑いながら別れて、ぐるりと廻って交番の近くまで帰ってゆくのに、先刻おしえてくれた巡査の目にとまりたくないと思った。折角の好意が無になって、妙なものになるであろうと思い思い行った。
冬靄《ふゆもや》が紫にうるんだような色の絹のカーテンが、一枚ガラスの広い窓に垂れかけられて、しっとりと光っているところに金文字でカフェーナショナルと表わしてあった。外飾りなど見るひまもなく、周章《あわて》て、扉の口へとびこんだ。カフェーへだとて、飲料《のみもの》がほしければはいりそうなものであるが、若い人の、歓楽境のようにされてるそうしたところへは、女人《おんな》はまず近よらない方がいいという、変な頑固《がんこ》なものが、いつかわたしのめんどくさがりな心に妙な根をはっているので、不思議なはにかみを持って扉の中へはいった。
下足《げそく》にお客でないことを断って来意を通じてもらうと他の者が出て来た。また繰返していうと、こんどは絣《かすり》の羽織に袴《はかま》をつけた、中学位な書生さんが改めて取次ぎに出た。わたしはぼんやりしながら、三度目の繰返しをした。当の主人公は知っていても、此処の周囲の人たちは、変な来訪者だと怪訝《けげん》に思ったに無理はない。
分前髪《わけまえがみ》の、面立《おもだ》ちのりりしい、白粉《おしろい》のすこしもない、年齢よりはふけたつくりの、黒く見えるものばかりを着た、しっとりとした、そのくせ強《しっ》かりとしたところのある、一目に教育のあることの知れる婦人が出て、あいにく逢えないことを詫《わ》び、明日の時間のことについて、二言三言丁寧な挨拶《あいさつ》がかわされた。わたしはその方との打合せでほっとした。カーテンのうしろの卓には、お客もあったであろう、二階の階段の下には、一かたまりになって美麗な女たちもいた。いつまでも硝子《ガラス》戸を後にして立っているわた
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