日本へ帰られはしません。」
お雪の背中に手を廻して、モルガンはひしと抱きよせた。口にこそ出せないが、感謝と慚愧《ざんき》とをこめた抱擁だった。
――お互に、痛手はあるが、もう決して今日からそれをいわないことにしよう――
男の心にも、女にも、そんな気持ちが、ひしひしとして、二人の魂を引きしめさせた。
「ニースへ別荘をつくろうか。」
モルガンは気を代えるようにいうのだった。
モルガンにすれば、はじめてニースに来て見た旅行者《エトランゼ》ではなかった。幾度か華《はな》の巴里《パリ》の華やかな伊達女《だておんな》たちと、隠れ遊びにも来ているのだが、不思議なほど清教徒《ピュリタン》になっていた。
一流のホテルが、各自《たがい》にその景勝の位置を誇って、海にむかって建ち並んでいる。その前側が大きな弓型の道路で岸の中央に、海に突出して八角の建物のカジノ・ド・フォリーが夢の竜宮のように青ばむ夜を、赤々と灯《ひ》を水に照りかえしている。
ホテルの窓々からも、美しい灯が流れ出しはじめた。山麓《さんろく》のそこ、ここからも竜燈《りゅうとう》のような灯が点《とも》りだした。天の星は碧く紫にきらめ
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