った。それが、明澄な碧緑《みどり》の空気の中におくと、広い額の下に、ふっくらした眼瞼《まぶた》に守られた、きれ長な、細い、長い眼が――慈眼そのもののような眼もとが、モルガンが日本で見た、白磁の観世音《かんぜおん》のそれのようだった。
 と、いうよりも、いま、お雪の全体が、マリア観音の像のように見えたのだった。キリシタン宗門禁制、極圧期に、信者たちは秘《ひそか》に慈母観音の姿ににせて造ったマリアの像に、おらっしょ[#「おらっしょ」に傍点]したのだという、その尊像を思いうかべるほど、今日のお雪は気高《けだか》く、もの優しいのだった。
 おお、あそこの岩窟《がんくつ》のなかに据えたならば、等身の、マリア観音そのままだと、モルガンがお雪を愛撫《あいぶ》する心は、尊敬をすらともなって来た。
「お雪さんを、わしは終世大事にします。」
 模糊《もこ》として暮れゆく、海にむかって聳《そび》ゆる山の、中腹に眼をやりながら、モルガンは心に祈るようにすら言った。
 お雪は、そういってくれる夫の、眼の碧さから、眼も離さないで、
「あたしこそ、あんなに騒がれて来ましたのですもの、あなたに捨てられても、おめおめと
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