、モルガンの住宅は、アベニウホッシュのほとりだという。
 森とよばれる、ブーローニュ公園を後にした樹木に密《こ》んだ坂道の、高級な富人の家ばかりある土地で、門構えの独立した建築物《たてもの》が揃《そろ》っているところにお雪は平安に暮してはいる。しかし、日本人ぎらいの名がたつと、誰一人付きあったというものがない。
 マロニエの若葉に細かい陽光の雨がそそいでいるある日のこと、一人の令嬢《マドモアゼル》と夫人《マダム》が、一人の日本婦人を誘って、軽い馬車をカラカラと走らせていた。
「オダンさまの夫人《おくさま》。」
と、美しい夫人《マダム》はいった。
「そのお邸《やしき》が、モルガンさんのお宅だそうですが、お訪ねなすったらいかがです。」
 フランスのオダン氏は、日本の美術学生の面倒を見るので有名で、世話にならない者はないほどだった。夫人は日本婦人で、お雪の年頃とおなじほどだった。
「でも、」
と、オダン夫人は考えぶかく同乗の女《ひと》の好意を謝絶《ことわ》った。
「あまり、お逢いなさりたがらないそうですから――」
 そうした、おなじ国の、おなじ年頃の、フランスの人になっている、おなじ京都の女
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