ずまい》していたのは、その時のことだったが、モルガンが浮気する――そんな噂《うわさ》に浮足たって、お雪はフランスへ永住のつもりで、二度目の汽船に乗った。いよいよもう何時《いつ》帰るか故郷の見おさめだと思った。
 みんな、行ったばかりの、パリの感想というものは、暗かった、古っぽかった、湿っぽかったという巴里は、恐《お》そらくお雪にも、他の日本人が感じた通りの印象を与えたのだろう。すこしいつくと、あんな好い都はない、何もかもがよくなってくるというパリも、そこまで住馴染《いなじ》まないうちに、お雪はも一度京都へやって来た。
「今度は、お母さんと三人で住まおう。ちょうど、須磨《すま》に、友人の家が空《あ》いたそうだから。」
と、モルガンは優しい。
 須磨では、のんきな、ほんとうに気楽な、水入らずの生活が営まれた。
「パリというところは、どんな処だい。」
と生母に訊《き》かれると、
「古くさいけど、好いところもある。」
「雨はどんなに降る?」
「一日のうちに、幾度も降ってくるのどすえ、今降ったと思うと晴れる。」
「では、いつも傘《かさ》持って歩いとるの。」
「いえな、誰も持ってしまへん。軒の下や
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