新聞は、華燭《かしょく》の典を挙げたと報じ、米国《アメリカ》トラスト大王の倅《せがれ》モルガン氏は、その恋花嫁のお雪夫人をつれて、昨日の午前九時五十二分新橋着の列車で横浜から上京したと書いているが、横浜のグランドホテルから東京の帝国ホテルへ移った時のことだ。
――花婿は黒山高帽子に毛皮の襟《えり》の付きたる外套《がいとう》を着《ちゃく》して、喜色満面に溢《あふ》れていたるに引きかえ、花嫁はそれと正反対、紺色の吾妻《あずま》コートに白の肩掛、髪も結ばず束《たば》のままの、鬢《びん》のほつれ毛|青褪《あおざ》めた頬を撫で、梨花一枝《りかいっし》雨を帯びたる風情《ふぜい》にて、汽車を出《い》でて、婿君に手を引かれて歩く足さえ捗《はか》どらず、雪駄《せった》ばかりはチャラチャラと勇ましけれど、顔のみは浮き立たぬ体《てい》に見えたり。
と書いている。一等待合室に入って、お供の男女がチヤホヤしても、始終|俯向《うつむ》きがちなので婿どのが頻《しき》りに気を揉《も》んでいたが、帝国ホテルから迎いの馬車がくると新夫婦は同乗して去ったと、胡北《こほく》へ送らるる王昭君《おうしょうくん》のようだとま
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