モルガンは、ちゃんと正妻にして、立派に結婚するという。
 なんといったらよいのか、断わるに断わりきれなくなってしまったお雪は、
「おっかさんが何と申しますか、よく相談して見て――」
 最後の逃路《にげみち》は、母親よりなかった。古風な、祇園の芸妓《げいこ》さんのお母《か》あさんばかりではない。まだその時分には、牛肉を煮る匂いをきらった老女は多かったのだ。異人さんではと逃げを張るのは、こうなると、母親が頼みだ。
 しかし、お母さんを救いの手に持ち出したことは、古くさい日本的な断わり方だと笑えないほどのヒットだったのだ。その時モルガンは、燃えあがった若い血の流れる体を、冷い手で逆に撫《な》でられたように、ゾッとしたものを受けとったのだ。
 それは、誠によくない思出だった。彼が日本へ慰めを求めに来た失恋の所以《ゆえん》は、相思の令嬢の母親によって破られたのだったからだ。彼は厭な顔をしないではいられなかった。なぜなら、紐育《ニューヨーク》社交界の有名マダムより、なおもっと、日本の古都の芸者ガールの母さんの方が、ものわかりがわるく、毛唐人に対して毛ぎらいが甚だしかろうことは、いうまでもない
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