は粋《いき》なことを書いていた、筆の人だった。悲しかった別れの人、それは京大法科の学生だったが、大阪の銀行にはいった人だった。
 あの人たちは、モルガンが、こんなに良くしてくれるのを知って、わたしを幸福に暮させようとしてくれたのかも知れない。
 そう考えると、お雪はホロホロとした。言葉もわからない外国へわたしをやってしまうなんてと、怨《うら》んだ事も、馴《な》れて見れば、今日のような日もある――
 お雪の心は、悲しいほど柔《なご》まっていた。
 一生をモルガンにまかせて、何処ででも果《はて》よう、国籍は、もう日本の女《もの》ではないのだという覚悟が、はっきりした。
「パリと異《ちが》って、こんな明《あかる》いところでも、そんなに淋しいのですか。そのうちにまた京都へ行きましょう。」
 モルガンは、お雪が望郷の念に沈んでいるのだと思って慰めた。
「いいえ、決して淋しくありません。」
 どういたしまして、心淋しかったのは、かえって京都にいた時ですとお雪は言いたかった。それは、モルガンがお雪と結婚して米国へ一緒に立ってから、一年ほどして、京都へ遊びに帰った時のことだった。南禅寺の近く、動物園の
前へ 次へ
全41ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング