いているが、竜燈は赤く華やかだ。
「青い月。」
と、モルガンは、窓へお雪を呼んだ。
「こんな月、見たことありますか。」
 え、とお雪はうっかりした返事をしていた。洛外《らくがい》嵯峨《さが》の大沢の池の月――水銹《みさび》にくもる月影は青かったが、もっと暗かった。嵐山の温泉に行った夜の、保津川《ほづがわ》の舟に見たのは、青かったが、もっと白かった。
 宇治橋のお三の間で眺めた月は――といいたかったが、それは誰と見たときかれるのが恐《こわ》くって、お雪は、ふっと、口をつぐんでしまった。

 お雪に、竜宮城へ泊ったような夜が明けた。
 お雪が長く見なれて来た、京都|祇園《ぎおん》の歌舞の世界は、美しいにはちがいないが、お人形式の色彩だったから、お雪はあんまり明澄すぎる自然に打たれると、かえって、覚《さ》めているのか現《うつつ》かわからない気がして、夢幻境にさまよう思いがするのだった。
 全く素晴しい朝だった。天地の碧藍《みどり》が、太陽の光りを透《とお》して、虹《にじ》の色に包まれて輝いている。
「海の向うの、ずっと先方の方は何処ですの。」
「この|碧玉の岸《コート・ダジール》にも、椰子《やし》の樹《き》が並んでいるでしょう。地中海《うみ》を越した向うは、アフリカの熱帯地ですよ。それ、あすこがコルシカ島。先日話したナポレオンのこと知ってるでしょう。此処いらは海アルプス。この後《うしろ》の峰がアルプス連山。」
 モルガンは細かく教えてくれて、散歩に出て見ようと誘った。
「ええ、あの椰子の下のベンチへ腰かけて見ましょう。」
「その前に、朝の市《いち》を見せよう。」
 モルガンは花の市のように、種々《いろいろ》な花があって、花売りの床店《とこみせ》が一町もつづいている、足高路《あしだかみち》の方へお雪を伴った。
 朝市には、ニースに滞在している人たちが、買出しかたがた散歩に出て賑《にぎ》わしかった。お雪はまた呆《ぼん》やりしてしまった。花の香に酔ったように、差出されるままに買いこんでは抱えた。何処から尾《つ》いて来たのか、籠《かご》をしょった、可愛い伊太利亜《イタリア》少年が傍にいて、お雪が抱えきれなくなると、背中の籠へ入れさせた。
「夫人《おくさん》、夫人《おくさん》。ああ好い夫人だ。お美しいお顔だ、お立派なお召物《めしもの》だ。」
 花売りの女たちは、しきりに買手の女たち
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