男に惚れこんでごらんなさい。なかなか大変なことになる。印形《いんぎょう》も要《い》る。名誉もかけなければならない。万が一のときは、俺《おれ》は見そこなったのだなんていう事は逃口上《にげこうじょう》にしかならない。一たん惚れたら全部でなければならないから――其処《そこ》へゆくと女の望みは知れています。ダイヤモンド、着物、おつきあい、その上で家を買うぐらいなものだから。」
わたしはなるほどと思った。事業家の恋愛は妙な原則があるものだと感じた。しかし私はまるであべこべなことを感じたのであった。男同士が人物を見込んでの関係は――単に商才や手腕に惚れ込んだのは、どん底にぶつかったところが――自今《いま》の世相から見て、生命《いのち》をかけたいわゆる男の、武士道的な誓約のある事を、寡聞《かぶん》にして知らないから――物質と社会上の位置とを失えば、あるいは低めれば済《す》むのである。男女の愛情はそうはゆかない。譬《たと》い表面は何事もなかったおりは、あるいはダイヤモンド、おつきあい、着物、家ぐらいですむかも知れないが、それは悲しい真に貧乏《プーア》な恋愛で、そんな水準《レベル》におかれた恋愛で満足
前へ
次へ
全63ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング