らであった。
鎮守府に呼ばれて訊問《じんもん》にあったが、全く何処とも知らず流されて来て、島かげを見付けてほっとした時に夜はほのぼのと明け、それが軍艦であった事を述べて許された。その上、咎《とが》められたのが好都合になって様々の好誼《こうぎ》をうけ、行手の海の難処なども懇篤に教え諭《さと》され、鄭重《ていちょう》なる見送りをうけて外洋《そとうみ》へと漕出した。
四
それからの、貞奴となるまでの記憶の頁は、涙の聯珠《れんじゅ》として、彼女の肉体が亡びてしまっても、輝く物語であろう。遠州|灘《なだ》の荒海――それはどうやらこうやら乗切ったが、掛川《かけがわ》近くになると疲労しつくした川上は舷《ふなばた》で脇腹《わきばら》をうって、海の中へ転《ころ》げおちてしまった。船は覆《くつがえ》ってしまった。奴は咄嗟《とっさ》にあるだけの力を出して、沈んだがまた浮上った夫を背にかけて、波濤《はとう》をきって根《こん》かぎり岸へ岸へと泳ぎつき、不思議に危難はのがれたが、それがもとで川上は淡路《あわじ》洲本《すもと》の旗亭《きてい》に呻吟《しんぎん》する身となってしまった。その報をき
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