見ると、あにはからんやの有様、舞台監督は狼狽《あわて》て緞帳《どんちょう》をおろしてしまったが――
赤面と心痛――開場式に頭が飛ぶとは――彼女は人知れずそれを心に病んだ。それが箴《しん》をなしてというのではないが、もとより無理算段でやった仕事だけに、たった一万円のために川上座は高利貸の手に奪《と》られなければならなかった。川上は同志を集めて歌舞伎座で手興行をした。わが持座《もちざ》を奪われぬために、他座で開演した心事《こころ》に同情のあった結果は八千円の利益を見、それだけは償却したが、残る四千円のために彼らは苦しみぬいた。
そのころの住居が大森にある洋館の小屋《しょうおく》であった。金貸に苦しめられた川上が憤然として代議士の候補に立ったのは、高利貸《アイス》退治と新派劇の保護を標榜《ひょうぼう》したのであったが、東京市の有力な新聞紙――たしか『万朝報《よろずちょうほう》』であった――の大反対にあって非なる形勢となってしまった。
それらが動機となって川上夫婦の短艇《ボート》旅行は思立たれた。厭世観と復讐《ふくしゅう》の念、そうした夫の心裏を読みつくして、死なば共にとの意気を示し、死
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