た人々が、みな適当な位置に配置されて、彼女の生れてくるのを待つ運命になっていた。
もし彼女の生家が昔のままに連綿としていたならば、マダム貞奴の名は今日なかったであろう。新女優の祖《はは》川上貞奴とならずに堅気《かたぎ》な家の細君であって、時折の芝居見物に鬱散《うっさん》する身となっていたかも知れない。
明治維新のことを老人たちは「瓦解《がかい》」という言葉をもって話合っている。「瓦解」とは、破壊と建設とをかねた、改造までの恐しい途程《みちのり》を言表《いいあら》わした言葉であろう。すべての旧慣制度が破壊された世の渦は、ことに江戸が甚しかった。武家に次いでは名ある大町人がバタバタと倒産した。お城に近い日本橋|両替町《りょうがえちょう》(現今の日本銀行附近)にかなりの大店《おおだな》であった、書籍と両替屋をかねて、町役人も勤めていた小熊という家もその数には洩《も》れなかった。家附《いえつき》の娘おたかは御殿勤めの美人のきこえたかく、入婿《いりむこ》の久次郎は仏さまと呼ばれるほどの好人物であった。そうした円満な家庭にも、吹きすさぶ荒い世風は用捨もなく吹込んで、十二人目にお貞と呼ぶ美しい娘
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