貌《びぼう》であり、舞台も忽《おろそ》かでない。彼女は第二の出雲《いずも》のお国であって、お国より世界的の女優となった。
 人はあるいは時勢がそうさせたのだというかも知れない。なるほど彼女は幸運な時に出たのである。とはいえ世人の要求よりはずっと早く彼女は生れ、そして思いがけぬ地歩を占めている。松井須磨子の名は先輩の彼女より名高く人気があるように思われたが、とても貞奴の盛時の素晴しかったのには及ばない。悲しくも年を取るという事が何よりも争われない人気の消長であるのと、よい指導者を持ったと、持たないとの懸隔《かけへだて》が、あの粗野な、とても優雅な感情の持主にはなれない、女酋長《おんなしゅうちょう》のような須磨子を劇界の女王、明星《プリマドンナ》とした。貞奴に学問はなくとも、もすこし時代の潮流を見るの明《めい》があったならば、何処までも彼女は中央劇壇の主星《スター》であったであろう。創作力のない彼女は、川上|歿後《ぼつご》も彼れによって纏《まと》めてもらった俳優の資格を保守するに過ぎなかったが、時流はグングンと急激に変っていった。彼女は端の方へ押流され片寄せられてしまって、早くも引退を名に
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