に夫妻の金銭問題と見えたのは、事業と一家の経済との区別をたてたのを悪くとったのではあるまいか? 彼女も女である。ことに気は剛でも身体《からだ》は繊弱《かよわ》い。心の労《つか》れに撓《う》むこともあったであろう。そういうおり夫の果しもない事業慾に――それもありふれた事をきらう大懸《おおがか》りの仕事に、何もかも投じてしまう癖《くせ》のあるのを知って、せめて後顧《こうこ》の憂《うれ》いのないようにと考えたのではなかろうか。それはあの勝気な女性にも、長い間の辛労を、艱難《かんなん》困苦を思出すと、もう欠乏には堪えられそうもないと思うような、彼女の年が用意をさせたのでもあろうか――
 川上が亡《なく》なるすこし前の事であった。貞奴夫婦を箱根で見かけた時は、貞奴は浴衣がけで宮の下から塔の沢まで来た。その折など決して彼女が、自分の財袋《たくわえ》だけ重くしている人とは見られなかった。彼女は夫のためにはいかにも真率《しんそつ》で、赤裸々でつくしていたと、わたしは思っている。我儘《わがまま》で自我のつよい芸術家同士は、ときに反感の眼をむいて睨《にら》みあったことがあったかも知れない、あるいは川上の晩
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