》と共に嘗《な》めた辛酸であった。決して恥ずかしいことでも、打明けるに躊躇《ちゅうちょ》するにもおよばぬものと思うが、女の身として、もうすでに帝都隠退興行までしてしまったあととて、何分世話になっている福沢氏への遠慮なども考慮したかも知れないが、その前にも二、三度|逢《あ》ったおり言ってみたが、微笑と軽いうなずきだけで、さて何日《いつ》になっても日を定めて語ろうとした事のなかったのは、全くあの人にとっても遺憾なことであった。私は貞奴の女優隠退を表面だけ華やかなものにしないで、内容のあるものとして残しておく記念を求めたかった。そして自分勝手ではあるがわたしの一生の仕事の一つと思っている美人伝のためにも、またあの人のためにも集の一つを提供して、新女優の祖のために、特別に一冊を作りたいと思っていたが、その希望は実現されなかった。参考にしたいと思う種々の切抜き記事について、間違いはないかと聞直《ききなお》したのにも分明《はっきり》した返事は与えられなかったから、わたしは記憶を辿《たど》って書くよりほか仕方がなくなってしまった。それがため、女優第一人者を、誠意をもって誤謬《ごびゅう》なく書残してお
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