金を根柢《こんてい》として築きあげられていった。
様々の毀誉褒貶《きよほうへん》のうちに、夫妻の苦心の愛子――川上座は出来あがっていった。もうやがて落成しようとした折に、不意に夫妻の仲に気まずい争いが出来た。しかもそれが世間にありがちな、ほっとした一時の安心のために物質的な関係からおこった問題ではなかった。奴は、一も夫のため、二も男のためと、そうした社会にあっては珍らしい貞節のかぎりを尽し、川上を世に稀《ま》れな男らしい男、真に快男子であると、全盛がもたらす彼女の誇りを捨て、わが生命《いのち》として尽していたのである。それが、ある女に子まで産ましているという事がわかった。その女はある顕官の外妾《がいしょう》で、川上はその女を、上野|鶯渓《うぐいすだに》の塩原温泉に忍ばせてあるという事までが知れた。奴は養母《かめきち》の前へも自分の顔が出されないように思った。けれど怨《うら》み死《じに》に死んでしまうほど気が小さくもない彼女は、憤懣《ふんまん》の思いを誰れに洩《もら》すよりは、やっぱり養母に向って述べたかった。それがまた、川上との縁は自分の方から惚《ほ》れ込んだのでもあり、養母も川上の男らしいところを贔屓《ひいき》にしていただけに、言うのも愁《つら》かったが、聴く方の腹立ちは火の手が強かった。何分にも奴にむかって芸人の浮気|沙汰《ざた》として許すが、不義の快楽《けらく》は厳しくいましめたほどの亀吉、そうした話を聴くと汚ないものに触れたように怒った。川上の産ませた子を誤魔化《ごまか》して、秘密に里子にやってしまったということをきくと、そんな夫とは縁を断ってしまえと言出した。
川上は浜田屋へ呼びよせられて来てみると、養母と奴とは冷《ひやや》かな凄《すご》い目の色で迎えた。三人が三つ鼎《がなえ》になると奴は不意に、髷《まげ》の根から黒髪をふっつと断って、
「おっかさんに面目なくって、合す顔がありませんから」
と、ぷいと立って去ってしまった。それにはさすがの策士川上も施す術《すべ》もなくて、気を呑《の》まれ、唖然《あぜん》としているばかりであったが、訳を聞くまでもない自分におぼえのあること、うなだれているより他《ほか》はなかった。養母《かめきち》にとりなしを頼もうにも、妻よりも手強《てごわ》い対手《あいて》なので、なまじな事は言出せなかったのであろう。も一度海外へ出て、苦
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