きもの
長谷川時雨

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)汗の香《か》が

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ]――昭和十四年九月十日夜――

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)もつと/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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 着ものをきかへようと、たたんであるのをひろげて、肩へかけながら、ふと、いつものことだが古への清少納言のいつたことを、身に感じて袖に手を通した。
 それは、雨の降るそぼ寒い日に、しまつてあつた着るものを出してひつかけると、薄い汗の香《か》が鼻をかすめると、その、あるかなきかの、自分の汗の匂ひの漂よひと、過ぎさる夏をなつかしむおもひを、わづかの筆に言い尽してあるのを、いみじき言ひかただと、いつでも夏の末になると思ひ出さないことはない。何か、生といふ強いものを、ほのかななかにはつきりと知り、嗅ぐのだつた。

 きものにもさま/″\あるが、煎じつめれば、きものは皮膚の延長だとわたくしは思つてゐる。
 裸身《はだか》では居られないので、天然の美を被ふのに、
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