思つてゐる。しかし、手紙をよむをりは、そんなことなど氣《け》にも思ひはしなかつた。
おとづれは、中秋望月の夜にふさはしい風流なものであつた。
[#ここから2字下げ]
今夜、玉露をいただきに、SとNが、ことによると立よりたいさうです。とにかくはなれの準備だけねがひます。
[#ここで字下げ終わり]
それを讀むと、ああ居てよかつたと思つた。鶴見の家の縁に、葡萄や栗をお三寶に盛りあげて待つであらう老母《はは》のことを思ふと、今朝の空のやうに晴れしぶつてゐたのであつたが、何時留守に歸つて不自由をかけてもすまないと、このごろの留守居ぐせが習慣になつて、あの激しかつた暴風雨のあとの見舞にも行つて見なかつたのが、まづ役にたつたと思つた。
新居とはいへ、他人の住み古した古い古い家である。ただ疊の新しいだけがおもてなしでもあらうか、それに月は雲をきれてくまなくさしてゐる。我庭はせまいが塀のむかふには他家の廣庭がある。枝さしかはした影は我ものも同樣なので富んだものである。
山本の玉潤はきらしたが、宇治からもつて歸つた玉露が幸に味が逃げないである。土地に馴れず買ふ家も知らないので、總家鹽瀬の新栗むし
前へ
次へ
全4ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング