く》立《た》てゝと望《のぞむ》は、あながち河向ひの唄女《うたひめ》らが母親達のみの夢想にもあらぬぞかし。
 洗出《あらひだし》の木目の立《たつ》た高からぬ塀にかゝりて、盛《さかり》はさぞと思はるゝ櫻の大木、枝ふりといゝ物好な一構《ひとかまへ》、門の折戸片々いつも内より開かれて、づうと玄關迄御影の敷石、椽無《ゑんなし》の二枚障子いつも白う、苔井《こけゐ》のきわの柿の木に唯一ツ、光《ひかる》程じゆくした實の重さうに見へる、右の方は萩垣《はぎかき》にしきりて茶庭ら敷折々琴の昔のもるゝもゆかし。
 安井別宅との門札《もんさつ》、扨は本町のかど通掛りの人もうなづく物持《ものもち》、家督は子息にゆづりて此處には半日の頃もふけし末娘、名さへ愛とよぶのと二人先代よりの持傳《もちつたへ》家藏はおろか、近頃手に入し無比の珍品、名畫も此娘《これ》の爲には者數《ものかず》ならぬ秘藏、生附《うまれつき》とはいへおとなし過《すぎる》とは學校に通ひし頃も、今|琴《こと》の稽古にても、近所の娘が小言の引合は何時も此家《こちら》の御孃樣との噂聞に附、尚々父親の不憫《ふびん》増《ます》なるべし。
 いつもはお庭に松葉《ま
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