、蠢きそめてゐたをりであつたから、ただ一連《ひとつら》に從順にはなりきれなかつたのだ。そのための破婚もあつたであらうが、その中で、あまりにも無智にさへ思はれた結婚が二つほど、わたくしの心に忘れないものとして殘つてゐる。
 明治二十年代のはじめだつた。木綿と金物との問屋ばかりが、何十年にも變らぬ近隣づきあひをしてゐるやうな町へ、ある時、パツと明るい色彩を輪入して來た店があつた。名古屋の方から移つて來たとかで、すべての事が、今日でいふ宣傳になつて、美しい娘のゐることと、色とりどりな洋傘《ようがさ》の卸問屋だつたのが、落著きすぎて陰氣なほどの町へ、強い刺戟《しげき》をあたへた。
 その町の娘たちは、わたくしの知つてゐるばかりでも、二人や三人の美人ではなく、しかもそれが、ちよつと群をぬいた麗《うるは》しさだつたが、みな深窓のひととなりで、人の眼に觸れることが尠なかつた。問屋の店の者たちも謹んで噂をするだけだつたが、新しい、洋傘問屋の娘は、紫や、赤や、黄や、青の眩惑《げんわく》するやうな色の、女唐洋傘《めたうがさ》を、開いたりつぼめたり、つるしたりするその店の商業ぶりとおなじく、若者たちの眼をひ
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