陣中日誌(遺稿)
附・戦線便り
山中貞雄
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)酒《チュウ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)食いたい物いろ/\と
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
−−
遺書
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
○陸軍歩兵伍長としてはこれ男子の本懐、申し置く事ナシ。
○日本映画監督協会の一員として一言。
「人情紙風船」が山中貞雄の遺作ではチトサビシイ。
負け惜しみに非ず。
○保険の金はそっくり井上金太郎氏にお渡しする事。
○井上さんにはとことん迄御世話をかけて済まんと思います。
僕のもろもろの借金を(P・C・Lからなるせ[#「なるせ」に傍点]からの払ッて下さい。)
多分足りません。そこ、うまく胡麻化しといて戴きます。
○万一余りましたら、協会と前進座で分けて下さい。
○最後に、先輩友人諸氏に一言
よい映画をこさえて下さい。[#地付き]以上。
昭和十三年四月十八日
[#地から1字上げ]山中貞雄
[#ここで字下げ終わり]
[#改ページ]
従軍記
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
×・二八――
小津氏曰くの「靖国神社の門鑑」なるものを戴く。
小判型の真鍮に 歩× 歩×補 番六一と刻ンである。
[#「註」略]
×・30
二日の出立が四五日延期となる。
月の七日の旅立ちとでも決まれば、我亦何をか言わンやである。
雨、しとど降る。
×・五
遂ニ×月「七日ノ旅立チ」ト決定スル
××ニ一泊シテ八日乗船トノ由。
MEMO セットは花園駅を後景ニシテ前景の宿ハ稲荷駅前ノ玉屋ヲモデルトスル事、宿デナク駅ノ商家(商売ヲ考究スル事)デモヨシ
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから罫囲み]
「おッ母アがお寺の和尚さんに頼ンで、写真の裏にこの通り俺の戒名書いて……」
エフェクト
万歳の声、汽車のボー
[#ここで罫囲み終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
○――少しキツクなる恐れあり[#「少しキツクなる恐れあり」は罫囲み]止めても可
朝 お袋さんが訪れる
村で鼻が高い話
痔はどうかの話
息子クサル
◎ラスト 戦地からの手紙――
ボーゼストの、手と私の殺した男の、手とを再考スル
[#「註」略]
×・七
遂に七日の旅立ちです。
子供を背負ッて帯を除して、兵隊の横を小走りに行く女の人を見る。
駅頭の混乱
××着(×××荷物駅)×町を行進する。
京都の駅前でバンザイを叫んだ人と××の街頭でバンザイを叫ぶ人と顔色が違う。
叫ぶ人の悲劇 叫ばれる奴の悲劇。
喜劇かもしれない。
前進座の宮川氏来る。
[#「註」略]
×・八
朝から雨となる。土砂降りの雨。
第二突堤より運送船××丸にて出帆す。
乗船前三十分。
前進座の連中に逢う。
[#「註」略]
「日直上ト兵」
ワーイ
「食券持ってイモン袋取りに来い」
「オーイ、田中、田中、日直上ト兵ッ」
(居ない)
○紹介
船尾で寝ていた。
「書簡は各小隊でまとめて船長の所へ持って来い、わかったか、わかったら返事せんか」
ワーイ
「おい酔うて甲板へ出ると危いぞ」
「うん」
「海へ落ちるな、カマスゴに喰われるぞ」
○ゴムのパチンコで蝿を殺してる兵。
×月十一日――
三井物産の大谷氏の話。
××乗船ニ遅れた兵。事務長ガ無電ヲ神戸港ノ司令部ニ打ツ
兵来リテ汽車ニテ○○へ急グ
航行中ノ運送船ヨリ縄梯子ヲ降シ、モーターボートヨリ兵乗リウツル。
始末書ヲ書ク
上海ニテ司令官乗船、事務長ガ頼ム
司令官、兵ヲ事務長ノ室ヘ呼ブ
(夜)
始末書ヲ破ル、兵感激ス。
司令官、兵ニ破ッタ始末書ヲ渡シ、海ヘ捨テロト云フ
兵室ヲ出ル、消灯ラッパ聞コエル
兵戻ッテ来ル
司令官「遅レタ罪ダ」ト兵ヲ叱ル。
地ノ果テヲ行ク、参照スベシ
[#「註」略]
×月十五日
「儂の拳骨は鉄砲の弾丸だ 武士の情けだ」
モンモンの兵、鉢巻をするあり。
一二三で鉢巻をして手を叩く遊戯。
[#「註」略]]
船酔いの男、寝ている。
「うーん、おい」
「どうした、確ッかりしろ」
「儂の背のうを取ッてくれ、中に紙に包ンで梅干がある筈だ」
「ウメボシ」
「あるか?」
「あった」
「それ、儂のヘソへ張ッて呉れ」
「船に弱い人は梅干をおヘソに張ッとくと、いくらゆれても平気だッて」
斯ンな意味の場面アレバヨシ
太沽沖十浬の処に到着したのが十三日夕方毎日せんぎりとかんぴょうを喰ッて、馬臭い船底に暮す
十七日、遂に伝馬に乗り換えて太沽上陸
初めて支那の土を踏む
(二カ月前に我軍の爆撃占領した支那の造船所、砲台、兵営)
太沽二泊、船で塘沽に至り、更に貨物列車で天津東站駅に到着
支那旧城内の南関大街の民家に宿営
狭くて手足を延ばしては寝むれない。
上着を間違えるギャグ(ラストシーンによし)
「煙草ないか」
「うん、ないンだ、おや、おいあッた、あッた」
われもわれもと煙草をとる
「おい○○ッ、お前誰の上衣着てるンだ」
「えッ、あ、そうか」
○上衣を探してる男を見て慌てる
「おーい旅団長、旅団長喜べ」
[#ここで字下げ終わり]
旅団長と呼バレル男
ヒンパンに字を聞き乍ら手紙を書く
去る二十七日石家荘に到着。
南に向って行進する事三日。片桐部隊の屯する○○に至る。この辺の新しき土はホコリッぽくッて歩きにくい。
前線部隊に編入。敵影を認めず。
――――――――――――
将棋の歩にもいろいろあるが
敵の王頭にピシリッと捨身に打たれる歩もあれバ
亦、棋士が手に困ってひょいと突く香の上の端歩もある。
吾が○○部隊大原隊はあたかもハシ歩の様なもんである。
北支の原野に乗り出したものの、相対する敵、歩を突いて来んもんじゃから、マが持てん
そこで連日演習である、専ら童心にかえッて戦争ごッこをやッている
王手飛車があろうと桂馬のフンドシがあろうと端歩は動かんモノである。
――――――――――――
貨物列車の中、夜、すしづめの兵隊
入口の扉の処に将校来る。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
「一言注意して置く、此の辺り一帯は尚敗残兵が徘徊している。昨夜も此処から三ッ目の駅が襲撃を受けて数名の戦傷者を出して居る。皆弾薬を腰からはなしてはいけない。(装具をとッてはいけない)銃を側へ置く事。いいか若し襲撃を受けても命令がある迄出てはいけない」
○汽車の汽笛
描写若干
○ロングで月明の原野を走る列車
○貨物車の中、がやがやしている。
浪花節をやり出す。
「寒い」と上衣を着る
「おい、俺の上衣じゃ」
「儂のは」
「お前のは……」
○芝居の台詞を活弁の口調で言う兵
「近衛後備歩兵第一聯隊長須知源二郎聯隊を代表して謹んで奏上し奉る。臣等つとにチョケンを忝のうし、皇恩に浴する事、此処に年あり。
今や征露の大命を拝し、報恩の機正に至れるを喜び、昨十四日一同勇躍して常陸丸に投ず。而るに今朝来、濃霧四辺を閉ざしシセキを弁じ難き趣きありしが、正午前、玄海洋上に望みし時忽ち右舷に当り大艦影を認む。
偵察すればロシヤ、グロンボイ、リュウリックの三巡洋艦にして此の時既に我が友船泉丸は撃破せられ左渡又同じ運命に陥入らんとしつつあり」
突然に機関銃の音、
一同はッとなる。
静寂。
やがて都々逸を歌い出す。
歌の終った処で
原野走ル汽車。
銃声と汽笛。(F・O)
「おい親友、鉄カブトかぶれよ、危ねえぞ」
「何言ってやんでえ
可笑しくッて鉄カブトが冠れますかッてンだ」
「鉄砲の弾丸は頭ばかり当たるッて訳のもんでもあるめえ、手に当る事もありゃ足にも当らア鉄のテッ甲脚絆でもはめてきアがれ」
○帽子の中へ写真を入れて置く兵隊。
○鉢巻をしたがる兵隊。
坊主の二十の入墨してる。
「おや、帽子が変ッてるぞ、Aの奴だな」
「班長殿、A居ませんが、あの野郎、自分の帽子を間違えて、あ、それ」
「写真をもう一枚、送って貰うんだな」
煙草出す。呑まない。
たん架ではこばれて行くA。
「空には今日もアドバルンと来やがらア」
装甲自動車の列。
行軍する歩兵。
三分早い
三分ぐらい
三分あれば師団の編成が出来る。
「おい戦友、煙草一本呉れ」
他の部隊の兵隊と逢うといつも斯う云う。
彼奴は、煙いのなれとるよ
養子じゃもの
「北支の花と散ッた勇士の家庭訪問
○○○○氏厳父○左衛門、暗然として語る」
「よせやい」
「許婚○○さん、けなげにも語る」
「馬鹿よさねえか」
「あの人は……」
班長○○伍長又語る
「彼は……」
此の頃、現地より特電
○壁の戯書
チャカ、チャカで
手まね、口まね
チャン料理
散兵が歩く
チャブチャブと水筒の水の音
伏線として
水筒を振ッて水を呑む
石家荘と書いたガス灯割れている。
○軍宣撫班の話
五色国旗を見せて、これは君たちの国の国旗か、然り
青天白日旗でワナイカ、違う
蒋の悪政を云ッて……
日本の軍隊ヲ恐れてはいけない
逃げる必要はない
家に居なさい
田畑を耕していた人は
その儘、仕事を続けなさい
宣撫班が部落民を集める前に、まづ子供を集めて、キャラメルとかチョコレートを与えている情景
タイアップによろし、
子供、チョコレートを持ッて、娘達の避難場所へ行く、
ヒロインの紹介
娘、チョコレートを喰う
嫌だい、皆くっちゃッて……
と云った芝居が、姉弟の間にあればよろし
宣ブ「わかりましたか、ミンパイ?」
民衆ミンパイ
宣撫班の話を熱心に聴いてミンパイと叫ぶ男、壁に凭れて日なたぼッこし乍ら、スパスパ煙草くゆらし、聴いてるのか、聴いとらんのか、いッこう、頼りない老人憎悪の眼で、壊れた土壁の中から兵隊の方を睨んでいる老婦あり
兵隊と仲よくなっている子供
シロジニアカクの歌を覚えて兵隊の帰る時アトから唄い乍らついて行く
第一分隊より一名、銃前哨
この方向にむかって警戒
交代は三十分、カイサン
城外の田畑を耕ス女子供土の上へ赤児を寝かしとく
匪賊、来襲、女と子供逃げる、赤児泣く
城門、女引返そうとする、止める
女、宣撫班を罵る
通訳に
「おい、あの女、何ンて云っているンだ」
「……………」
宣撫班、城下におどり出る
ヒロイン
赤児を救けて死ぬ
銃眼をのぞく女
見た眼の銃眼の彼方男走って切れる
女次の銃眼へ。(移動)
又見た眼、男行く、又切れる
女、次の銃眼へ。(機関銃の音)
男、出て来ない風景
女、up Cut Back
「オーデがね」
「オーデッて何だ」
「俺の事支那語でオーデッて云うんだ」
「あ、そうか」
「おい、オーデ上等兵」
「オーデ上等兵? 何の事だ、それ」
「お前の事、オーデて云うンだろう」
「違うよ、オーデってのは、俺の事だよ」
「だから、お前は、オーデ上等兵じゃねえか」
「違うったら、オーデってのは、俺という支那語だよ、わからねえ野郎だな」
「何云ってやがんで、わからねえのは手前でえ」
小学校、授業中(first Scene によし)
運動場ニ人影ナシ。(小使いさんが何かしてたい)
唱歌を合唱シテル
ブランコ、かすかにゆれてる
靴箱の情景
廊下
唱歌だんだん大きくなる
二階の教室
歌う子供
黒板
オルガンひく先生
喇叭と万歳の声、かすかに聞こえる
教室の窓と空
子供、キョロキョロ
歌、お留守になり始める
先生、アワテル
外の万歳と喇叭高くなる
子供、中
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