の延長[#「平民道は武士道の延長」は中見出し]

 かく言《い》えば僕は時代とともに始終考えを変えて行くように聞えるであろうが、時代について用語が異なったりまた重きを置く所も異《ことな》るのは至当の事である。根本的の考えは更に変らない、恐らく昔の聖人といえども時と場合によって説きようを自在に変えたであろう。人《にん》を見て法を説くとは即ちこの謂《いい》である。同じ文字を使っても内容を変えれば一見貫徹している如く見えても意味が異る。その反対に用語を違えても思想に至っては一貫していることもある。
 今日とても士道なる文字をそのままに書いてなおその内容に従来の意味と異る思想を含めることは甚だ容易《たやす》い。たとえば明治になって新に士籍とはいわれまいが、広い意味に於ける士の族に昇格したものが沢山ある。学士を始《はじめ》として代議士もあれば弁護士もある。モット広く用ゆれば国士もあれば弁士もある、即ちこの新らしき士族は昔のそれと違って武芸を営むものでない。然《しか》るにいわゆる平民なる一般国民に比してより高き教育を受けた輩《やから》である、随って彼らは名誉ある位置を占め、社会の尊敬を受けるものであるから、誰人《たれ》も士たらんことを望むであろう。さすればやはり「花は桜木、人は士《さむらい》」なりと歌っても、あな勝ち時代錯誤ではあるまい。しかし今日のいわゆる士《さむらい》は昔の武士のように狭い階級ではない、各自の力によって自在に到達し得る栄誉である。かくの如く同じ文字を使っても内容を全然変えれば外部は一貫してもその趣旨に於て大差を来たす。それと同然に別の文字を用いて趣旨を一貫する事も出来る。僕のいわゆる平民道は予て主張した武士道の延長に過ぎない[#「僕のいわゆる平民道は予て主張した武士道の延長に過ぎない」に丸傍点]。かつて拙著にも述べて置た通り武士道は階級的の道徳として永続すべきものではない、人智の開発と共に武士道は道を平民道に開いて[#「人智の開発と共に武士道は道を平民道に開いて」に白丸傍点]、従来平民の理想のはなはだ低級なりしを高めるにつけては[#「従来平民の理想のはなはだ低級なりしを高めるにつけては」に白丸傍点]、武士道が指導するの任がある[#「武士道が指導するの任がある」に白丸傍点]。僕は今後の道徳は武士道にあらずして平民道にありと主張する所以は高尚なる士魂を捨てて野卑劣等なる町人百姓の心に堕ちよと絶叫するのではない[#「僕は今後の道徳は武士道にあらずして平民道にありと主張する所以は高尚なる士魂を捨てて野卑劣等なる町人百姓の心に堕ちよと絶叫するのではない」に白丸傍点]、已に数百年間武士道を以て一般国民道徳の亀鑑《きかん》として町人百姓さえあるいは義経、あるいは弁慶、あるいは秀吉、あるいは清正《きよまさ》を崇拝して武士道を尊重したこの心を利用していわゆる町人百姓の道徳を引上げるの策に出でねばなるまい[#「武士道を尊重したこの心を利用していわゆる町人百姓の道徳を引上げるの策に出でねばなるまい」に二重丸傍点]。丁度徴兵令を施行して国防の義務は武士の一階級に止まらず、すべての階級に共通の義務、否権利だとしたと同じように、忠君なり廉恥心《れんちしん》なり仁義道徳もただに士《さむらい》の子弟の守るべきものでなく、いやしくも日本人に生れたもの、否《いな》この世に生を享《う》けた人類は悉《ことごく》く守るべき道なりと教えるのは、取りも直さず平民を士族の格に上《のぼ》せると同然である、換言すれば武士道を平民道に拡げたというもこの意に外《ほか》ならない。
 武士があって武士道が興るのは歴史的の順序と思われるが少しく歴史の隠れたる力を研究したなら、たとえその名がなくとも武士道あって始めて武士が出現したと言うのが過言であるまい。道の道とすべきは常の道にあらずとやら、武士の道を武士道と名付ける間はまだ武士の守るべき常道を穿《うが》ったものではあるまい。いわゆる武士道なるものはその名の起る前に忠君の念、廉恥心、仁義、人道なる思想が少数の先覚者に現われて彼らはいわゆる士《さむらい》となって、その後武士の階級が起り以て武士道が鼓吹されたものであろう。今日この武士の階級が廃せらるるといえども、根本のいわゆる常道は決して失わせることなく広く施されて万民これを行えばこれが少数の武士階級に行わるるより遥《はるか》に有力な、かつ有益な道徳となるに違いはない。して万民|普《あまね》くこれを行えば最早《もはや》武士道と言われない、これが即ち僕の平民道と命名をした所以である。

[#5字下げ]デモクラシーは国の色合[#「デモクラシーは国の色合」は中見出し]

 デモクラシーといえば直ちに政体あるいは国体に懸《かか》るものと早合点する人が多い。僕はしばしば繰返してこの誤解を明かに
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