得の問題をいっても、中々頭に這入《はい》るものでない。殊《こと》にお武士さんの血統を引いている人たちはそうだ。「損だぞ。」「そん[#「そん」に傍点]ならやってしまえ」といって、ポーンと毀《こわ》してしまう。それで日本人の子供に向って、「このコップは他人から委ねられた品物だ、一旦他人から保管を頼まれたコップを壊すというのは、実に恥かしい次第だ、大切にしておけ」とこういうのも宜《よ》いが、それよりは「お前がそんな事をすると、あのおじさんに笑われるぞ」というと直ぐに廃《や》めてしまう。人に笑われるほど恐ろしいものはないというのが、今日のところでは日本人の一つの天性だ。日本では名誉心――栄誉心が一番に尊い。であるから今いう職業のことでも同し道理である。大工や左官が卑しい者だといっていると、誰もそれになるのを嫌がる。軍人ばかりを褒《ほ》めると、皆軍人になりたがる、いわゆるオダテ[#「オダテ」に傍点]が利くのである。それでどんなに必要な職業でもそちらに向かない。しかし政府のいうことなら大概な事は聴く。いわゆる法律を能く遵奉《じゅんぽう》し、国家という字を頗《すこぶ》る難有《ありがた》がる国民である
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