此方へ向いて來るのも亦た當り前である。夫れをこちらへ向かせまいと思つたら、あちらの方にも一つ美味しい肉を附けて、大工は東郷さんよりもモウ一際エライぞと云ふことを示さねばならぬ。ところが大工が東郷大將よりもエライと云ふことは一寸議論が立ちにくい。ヨシ立つた所で子供の頭には中々這入らない。止むを得無い、社會の趨勢で、青年がドウしても海軍に行きたがるやうになつた時には、之を押へ附けることは出來ない。けれども其局に當る教育者が、成丈生徒を其職業の方に留めたいなら、其職業の愉快なること、利益あること、而も只だ個人の爲のみの利益でない、一縣下、一國の爲の利益だ、公に奉ずる道だと云ふことを能く教へねばならぬ。ナニ大工學だ、左官學だ、そんなものは詰らぬと云つて、馬鹿にするやうではいかぬ。けれども世人が軍人々々と云つて居る間は、皆軍人に成りたいのは無理でないから、それで我々はお互ひに注意して、職業に優劣を附けないやうにせねばならぬ。
 一體子供は賞められる方へ行きたい者である。小さい奴は錢勘定で動くものでない。日本人は賞められるのを最も重く思ふことは、日本古來の書物を讀んでも分る。日本人と西洋人との區別
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