たつた一人の弟としてずつと後まで私は愛されてゐた。十から十三になるまでの間を私は東京の家から、父や母や兄弟たちからもぎ放されて、北海道の釧路《くしろ》で牧場を経営してゐる子供のない叔父の家にやられてゐたが、其の頃女学生だつた姉は、よくセンチメンタルな手紙をよこしては孤独な私を泣かせた。中学校に這入《はひ》るために私が、再び東京の家へ戻つて来た頃に、姉は木村の義兄と結婚したのだつた。中学生らしく生意気になつた私は、小さい子供の頃のやうなセンチメンタルな愛情を姉との間に保てなかつたけれども、姉に無関心で暮せるやうな時代は少しもなかつた。其の後五六年して私は放蕩を覚え、三日も四日も家をあけたあとで、荒《すさ》み切つた心になつて家へ戻つて来ることがよくあつたが、そんな時に、どんなにこつぴどく父に呶鳴《どな》られるよりも、母に泣きくどかれるよりも、さもさもきたならしい人だと云ふ風に、姉に顔を視守られることが、私には一番|辛《つら》いことだつた。姉は、併《しか》し、私が実際に放蕩の渦中にあつた時には流石《さすが》に顔をそむけてゐたけれども、あとでは私の前で、自分だつて此頃はもう相当の通人になつてゐ
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