しうす》をはめて、お父《とう》さんの家《うち》の方《ほう》へ飛《と》んで行《ゆ》きました。
居間《いま》の中《なか》では、お父《とう》さんとお母《かあ》さんとマリちゃんが、食卓《テーブル》の前《まえ》に坐《すわ》っていました。その時《とき》、お父《とう》さんはこう言《い》いました。
「おれは胸《むね》が軽《かる》くなったようで、大変《たいへん》好《い》い気持《きもち》だ!」
「否《いいえ》、」とお母《かあ》さんが言《い》った。「わたしは胸《むね》がどきどきして、まるで暴風《あらし》でも来《く》る前《まえ》のようですわ。」
けれどもマリちゃんはじっと坐《すわ》って、泣《ない》ていました。すると鳥《とり》が飛《と》んで来《き》て、家根《やね》の上《うえ》へ棲《とま》った。
「ああ、」とお父《とう》さんが言《い》った。「おれは嬉《うれ》しくって、仕方《しかた》がない。まるでこう、日《ひ》がぱーッと射《さ》してでも居《い》るような気持《きもち》だ。まるで久《ひさ》しく逢《あ》わない友達《ともだち》にでも逢《あ》う前《まえ》のようだ。」
「否《いいえ》、」とお母《かあ》さんが言《い》った。「わたしは胸《むね》が苦《くる》しくって、歯《は》がガチガチする。それで脈《みゃく》の中《なか》では、火《ひ》が燃《も》えているようですわ。」
そういって、おかみさんは衣服《きもの》の胸《むね》を、ぐいぐいとひろげました。
マリちゃんは隅《すみ》ッこへ坐《すわ》って、お皿《さら》を膝《ひざ》の上《うえ》へおいて、泣《な》いていたが、前《まえ》にあるお皿《さら》は、涙《なみだ》で一ぱいになるくらいでした。
その時《とき》、鳥《とり》は杜松《ねず》の木《き》へ棲《と》まって、歌《うた》い出《だ》しました。
[#ここから2字下げ]
「母《かあ》さんが、わたしを殺《ころ》した、」
[#ここで字下げ終わり]
母親《ははおや》は耳《みみ》を塞《ふさ》ぎ、眼《め》を隠《かく》して、見《み》たり、聞《き》いたり、しないようにしていたが、それでも、耳《みみ》の中《なか》では、恐《おそ》ろしい暴風《あらし》の音《おと》が響《ひび》き、眼《め》の中《なか》では、まるで電光《いなびかり》のように、燃《も》えたり、光《ひか》ったりしていました。
[#ここから2字下げ]
「父《とう》さんが、わたしを食《た》べ
前へ
次へ
全15ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中島 孤島 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング