地位に居たので、その固めの場所へも勤務した。なんでも大砲が足らぬのに大変に皆が当惑したそうであるが、我が藩では田町の海岸にも下屋敷があるので、ここをも固めねばならぬけれども、大砲が無いので、戸越の下邸の松の立木をたおして、皮を剥ぎこれに墨を塗って大砲に見せかけ、土を堅めて銀紙を貼ったのを弾丸と見せかけ、これを大八車に積んで、夜中に田町の屋敷へ曳込んだということも聞《きい》ている。或る藩では寺の釣鐘を外して来て台場に飾ったそうだ。素晴らしく大きな口径の砲に見えたことだろう。
 異人即ち米国人と最初の談判は伊豆の下田でしたが、次のは浦賀ですることになった。その際、黒船が観音崎を這入る時には、黒雲を起してそれに隠れて、湾内に入ったという評判であった。蒸気の煙をそう見たのであろう。その時の提督はペルリとアダムスという二人であったが、談判の折、幕府の役人の画心のある者が、二人の顔を窃かに写生した。その画がひろく伝写されたのも見た。ペルリは章魚《たこ》のようで、口もとがペルリとしていると思った。アダムスは大変に大きな口を開いていた。これは欠《あく》びでもした所を写したのであろう。
 こんな物を見て
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