れども先祖の嫌疑を私の代に至って、本物に吉利支丹宗を家族に奉ぜしむるに至ったのは、時世の変遷とはいえちょっと可笑しい。
 私が単純なる俳句の選者生活になって後は、別に責任というほどのものも無く、段々とこの生活では多忙にもなったけれど、今までの如く不得手な役目を担うというのでないから、多忙の中にも自ら興味をもつ事になった。そして、私は俳句の上もいつの間にか古顔で大家という事になったので、若い人には幾らか立《たて》てもらうし、広く各地方からも出京する俳人連の訪問を受けるから、それだけ私も位地が出来、自分ながら勢力を持ったような感じが出来た。それと共に俳句の上は勿論予て持っている哲学上の見識もいよいよ鍛練せらるる事になって、今日では、誰の前でもこの点なら憚ず主張するという自信が出来た。それから私が多少名を知らるると共に、俳句の揮毫を頼まるる事も段々と多くなって、それが単に句を書くのみでも愛嬌がないと思って、子供の時分から多少、自己流に描きなぐっていた画のようなものを併せて描く事になって、これも素人画としていくらかの人に賞翫せらるる事にもなった。尤も最初から人物ならどうかこうか形が出来るけれど
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