松家から宮内省へ差出さるる事蹟はそれだけなのであるが、いっその事この機会に松山藩の出来た以後の二百数十年間の事をも調べて置きたいという事で、これも私どもの担任する所となった。そうして宮内省からの需めにかかるものを甲種とよび、その他の事蹟を乙種とよんで、共に材料を集める事になったが、残念な事にはかつてもいった如く廃藩の少し前に、三ノ丸が火災に罹って、藩庁の書類は悉皆焼失してしまった。そこでこの上は旧藩地について個人の家々に残っているものを探し出す外はない、尤もこれらも、明治の初年に久松家から当時の老人連に嘱托して旧藩代々の君侯はじめ臣下や人民の特種な事蹟を調べさせられたものが、松山叢談という三十巻ばかりのものになっている。けれども惜いかな昔し気質の老人の手に成ったので、君侯の事歴こそかなり詳いけれども、その他は多く個人的の特種な行為が列記されているというのみで、肝腎な藩の政治法令とか民間の農業商業其他社会方面の事は殆ど全く調べられていない。そんな事から、この度私が嘱托を受けて見ると、それらの洩れたるものをもなるべく調べたいと思って、そのために松山へ赴く事になった。松山には従来久松家の松山
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