県へ視察に行く事になった。この頃はまだ諸県でも稀れにある、女子師範学校を見たのを珍らしく思った。
 こんな事をして、県令の随行とはいえ自由行動も出来るのであるから、例の好きな芝居も見た。そうしていると俄に国元から電報があって、継母が大病で危篤に瀕しているという事であった。そこで県令に願って俄に帰県する事にして、この時前にもいった弟の兼三が在京していたから同行せしめたのである。この頃は三菱会社の汽船が沿海の航路を大分占領していて、それは西南の戦争の際、政府が運送の必要上、岩崎弥太郎氏へ巨額の資金を給与して、これまで日本の沿海は米国の汽船がおもに往来していたのを買収して、それに充てた。爾来年々補助金を給与したので、日本沿海だけはヤッと三菱会社の汽船で荷物や旅客を乗せる事になった。けれどもその頃、英国の或る汽船会社が、三菱会社と競争して、これも日本沿海を往来していたので、政府は三菱会社を後援するため、同会社の汽船に乗るには、何の手数もかからぬが、この英国の汽船に乗る時は予め或る筋の許可を得ねばならぬという面倒をさせた。しかるに私が帰県する際ちょうど三菱船がなかったので、やむなく手数をして英国
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