で、これも籐椅子に腰をかけていた、陛下にも開会式と閉会式とに臨幸があって勅語を賜わった外に、一回会議を聴聞あらせらるるために臨幸があって、一時間余も私どもは天顔に咫尺《しせき》したのである。玉坐は正面の少し高い所に設けられ、卓には錦が掛けてあった。その後ろには、宮方始め、三条太政大臣、その他の大官が着席して居られた。陛下はまだ三十歳位の御年齢でおわしたが勅語は朗々としていかにも確かな御声であった。殊に一時間余も御臨席あらせられた際、玉体は勿論龍顔に少しの御動きもなく、殆んど目じろきさえも遊ばされなかったのは、私どもの一層恐れ入った事である。しかるに新聞記者あたりは、筆記の都合に依ると、椅子を下りて長靴のまま膝を組んで筆記するもあった。我々どもも泥靴のままで控えている。各地方長官さえも、モーニングコート、背広などを勝手に着ていて、フロッコートを着ている者は稀れであった。靴は多くゴム靴で随分半靴などもあった。ましてや我々どもの服はいよいよ区々《まちまち》で、私はこの上京後新調したモーニングを着ていた。今日と違って、宮内省辺りでもそれに何らの干渉もなかった。議題はもっぱら地方の施設に関する事
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