こへ私が巧く投じて双方を緩解したので、意外に衆望が私に帰して、二度目の議長選挙には私が議長となった。なお次の改選にも当選したのでいよいよ得意となって議場の整理は手に入って来た。ついでながらいうがその翌年は山口で同じ会が開かれて、この時も肝付学務課長と共に私が出張したが、やはり議長に推薦された。けれども、長人気質は、他県人の下に立つ事を嫌うので、殊更に反抗して議長を困らせるような事があったから、私は厭気になって、再度目の議長には山口県の学務課長落合済三氏を当選させる事を運動してそうさせた。その次の年は、岡山県下で同じ会を開かれたが、ここでは三度ながら、私が議長を勤めて別に騒ぎも起らずと済んだ。要するに、今日でもそうだが、諸県の教育当事者が、集ったといっても、別に何一つ仕出かす事もなく、多くは互に議論を闘わして半分は物知り自慢をするという位にとどまっていた。
 忘れもせぬがこの初度の教育会に、まだ広島に居る際、予て多少噂もあった薩州の私学党が、西郷を戴いていよいよ兵を挙げたという報知があった。それから帰県して見るともっぱらこの西南騒動の噂ばかりで、人心が恟々としていた。そのうち熊本城で賊を
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