って東京へ赴くこととした。或る汽船便で神戸まで達して西村旅館に着いて見ると、昨日この置手紙をして愛媛県の方へ下られた人があるという。見ると弟の大之丞の筆で、父はもう廿二日に死去してその遺髪を持って帰郷する、定めてこの宿に立寄るであろうから知らすというのであった。私はこの手紙を得て落胆するし、号泣もしたが、この上は東京へ行く必要もないので、そのまま汽船便で帰郷した。帰ると一家は皆悲嘆に暮れている。父の病は脚気衝心であった。父は江戸以来この症に罹る癖がある、その上老年にも及んだので終に回復を遂げなかったのであるらしい。行年五十歳。しかし平素の主義として、君家のためにわざわざ東京へ上ってこの病のために斃れたという事は死しても満足した事であったろう。それから松山の代々菩提所としている、正宗寺へ遺髪を葬った。これらの費用や私の上京の途中の費用等に費した金がほぼ五十円位であったが、父は現今の私と同様に蓄財などという事はちっとも出来なかった。それでかつて藩政の末に士族に郷居を奨励するためそれを願うものには藩庁から五十円を給与するという事になっていて、私の内でも、早晩郷居する事に極めて五十円貰った。そ
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